『名前』ライナーノーツ

 親や兄弟といった家族、親友から友人までを含めた知人、仕事相手や仲間、恋人、赤の他人、そして自分自身。きっと誰もが(僕もあなたも)、その時々に接する相手によって、自覚・無自覚関係なく、様々な自分を演じている。ある地方都市の片隅でその男は、幾つもの「名前」を使い分けて生きている。職場では久保、恋人の前では石井、夜の街では吉川、など。他人との深い関わり合いを避けるように偽名を使う男。その割に男は、いろんなコミュニティに顔を出しつづける。まるで人と人とが深く繋がるか否かの境界線に張っているタイトロープを渡るかのように。

 

 彼は何か明確な目的意識を持って、様々な偽名を使い分けているわけではない。それがこれまで彼が生きてきた上で、そうせざるを得なくなった処世術なのだろう。だからこそこの映画『名前』はその始まりから執拗にミステリアスの毛布を纏ったり、重厚に物語を進めることはしない。件の男を演じる津田寛治の軽妙の塩梅が絶妙なのだろう。彼は幾多の名前を使い分けるだけでなく、その名前達に自ら課した社会的役割までを、タイトロープを渡る道化師のように演じ切っている。そんな彼の道化師の仮面を小気味よく剥がしていくのが、駒井蓮が演じる笑子の存在だ。ミステリアスな設定を纏った男の前に現れた謎の女子高生。2人が出逢って、謎同士が相反する。物語が動き出す。映画の構造がぐにゃりぐにゃりと姿を変えていく。僕はそんな映画のここではない、どこかへすら行けない心地よい停滞感が、とても人間らしいと思ったし、それが戸田彬弘監督が、人間を見つめるまなざしだと感じる。

 

 というわけで、僕が助監督で参加した映画『名前』が現在、新宿シネマカリテ他にて公開中です。撮影はちょうど2年前で、あの頃も僕らは、茨城県の取手や守谷で、強い夏の陽射しに撃たれながら、この映画を作っていました。津田寛治さんや駒井連さん始め、個性的で豊かなキャストの競演を是非お楽しみください。宜しくお願い致します。自分がよく知っているつもりの自分よりも、あなたが知ってくれている自分のほうが、もっと愛おしい自分なのかもしれない。それが僕がこの作品に携わるうえでのテーマでした。そんなことを思い出しながら、僕もみなさんと一緒にもう一度この映画にスクリーンで出逢おうと思います。

 

平波 亘(『名前』助監督)